姫路蒲田村創業 おつかい菓子 甘音屋おつかい菓子 甘音屋

店主のブログ

23日と24日の2日間

偏った考え方ではないのでは誤解が無いようにしたい。

が、どうしても疑問に思う。

 

昨日は12月23日、今日は24日。23日は祝日。

24日は平日。昨日は祝日の為クリスマスパーティーを

楽しんだ家族が非常に多かったのではないだろうか?

しかし昨日は天皇誕生日。天皇の誕生を祝う日である。

 

国民の祝日として設けた趣旨は「天皇誕生日」

というのに、キリストの誕生を祝う日でもないのに

街角ではクリスマスケーキが飛ぶように売れ、家では

「きよしこの夜」を歌いクリスマスを楽しむ。

事実、当社でもクリスマス用に作ったケーキが

売れるのは23日。複雑である。

 

本来の趣旨は何なのか?

祝日の意味は何なのであるのか?

伝えきれていない。

 

政府や政治のせいにするつもりはないが、いうならば

教育だろうか。

 

何のために休み何を思う日なのか?

 

昨日、今日と私自身も考えさせられた2日間であった。

香港へ

先日、仕事で香港に行ってきた。

親友が香港で会社を立ち上げ、

フードコンサルタントを始めたので

当社の仕事を香港で繋げてくれるとのこと。

 

あまり日程に余裕がなかった為、

1泊3日(機内1泊)という強硬な日程を

組んだ。

 

海外へ行くのは妻との新婚旅行以来、

12年ぶり。

久しぶりの海外渡航の為、

少し不安を抱えての出張となった。

 

それにしても海外へ行く準備は随分変わった。

例えば航空チケット。予約はすべて携帯電話から。

出発の3か月前から予約すると香港まで

諸経費込みで2万7千円。格安である。

チケットは事前発行の必要がなく

直接空港へ向かえばよいとのこと。

便利と言えば便利だが不安でもあった。

 

お次はアクセス。空港までのアクセスは車を選んだ。

空港まで車で行ったことがない私だが、カーナビが

ピンポイントで駐車場まで案内してくれる。

途中で渋滞ならば、その状況をタイムリーに

知らせてくれる。親切なものだ。

 

また1時間半はかかる道中の高速道路料金は

一度も払うことはない。

料金所でいちいち車を止めることなくスムーズに

精算を済ませてくれる画期的なシステム

ETCである。

 

その後、親切な「案内係」(カーナビ)に

誘導されて無事空港に到着。空港の入り口入った

ところにチケットの発券機がある。

 

チケットはバーコードをかざすだけで発券される。

もちろん無人。ちょっとした事だがコストカットが

価格に反映されているように思う。

ユーザーとしてはこの上ない喜びである。

 

チケットを持って出国手続きを済ませた後は、

出発の直前まで携帯電話で仕事の打ち合わせ。

会社内の様子は携帯電話の画面からチェックできる。

 

また多忙のために現地の情報収集が

出来ていなかったが、それも直前に携帯電話で

情報を収集。パケット料とやらは定額の為、

使い放題である。

 

さて、いよいよ出発である。

飛行機に乗り込んで、いざ香港に。

意外にも飛行機の中に大きな変化を感じない。

 

人類の地上での技術進歩は目覚ましいが、

上空は過疎である。

 

さておき。香港に着くと携帯電話が自動的に現地の

電話に切り替わる。何とも便利なものである。

 

また空港から目的地までのアクセスに困っていると

友人から「LINE」で情報が飛んでくる。

ジョークを交えたスタンプの「おまけつき」。

もちろん無料である。

 

その携帯電話を見ながらニヤニヤしている私は、

いったい香港の人にどう映っているのだろう?

 

程なくして友人と再会し昼食をとる。

食事の様子を写そうと首からぶら下げていた

カメラ姿も今は昔。当時は使い捨てのカメラも

大流行したが、今はデジタルが主流。

私も滞在中の記念撮影はすべて携帯電話で撮影だ。

また、写した画像はリアルタイムでSNSに投稿。

友達への共感を呼びかける。

友達からの共感に喜びと楽しみを感じる。

 

個性の表現方法も随分変わった。

少し前までは個性の表現というものは、

ごく僅かで限られていた。

 

貨物列車の車両を改造して作られた

カラオケボックスもその一つではないだろうか?

自分の歌唱力を皆の前で披露したいという「個」

の表現の一つだったように思う。

 

少し話が逸れたが、海外渡航一つとっても、

20年前にこれだけの大きな変化を誰が予測できた

だろう?

 

きっと向こう20年先には、また更なる進化が

あるに違いない。

 

帰国し、車を自宅のガレージに入れた際

「目的地に到着しました」とカーナビのアナウンスが

聞こえた。

 

「えらい時代になったもんだ」と同時に

「自分で運転しなくてよい時代もそう遠くない」

そう思って家路についた。

 

当社のライバル

皆様、こんにちは。姫路 和菓子 甘音屋です。

最近東京方面の百貨店に出店する際、

車で移動することが多いのですが、新しく改装

したサービスエリアを覗くと人、人、人。

平日にもかかわらず多くの人で賑わっています。

 

あれだけ多くの方がサービスエリアで物を購入し、

特にお土産としてお菓子を購入される。えらいことだ。

と思います。私がここのところ感じていることは

 

ライバルは同業他社と思われがちですが、そうでは

ありません。お客様が消費する時間ではないか?

と思います。

 

昨今の消費動向がここまで激変することをだれが

予想したでしょうか?携帯電話でメールを

送っている時間、携帯で音楽を聞いている時間、

PCを触って買い物をしている時間、コンビ二で

買い物する時間、働く時間、旅行する時間、

SAで買い物する時間。

などなど時間の消費との勝負です。

 

そこにいかに「和菓子」を楽しみたいと

思って頂けるか?「和菓子」と考えたときに

初めて当社を選択していただけるか否か?

というところに行き着きます。

 

私は出来れば「和菓子」という選択の前の段階で

「甘音屋」に行きたい。

そう思って頂ける存在になりたいと思っています。

そうすれば同業他社との競争は避けられます。

 

 

私は和菓子という前に当社の存在をもっと身近に

感じていただきたい。そう思っています。

 

今まで取り組んできたこともそうですが、

時間を割いて「甘音屋」に行きたいな。

そう思って頂ける存在にならなくてはいけないと

思っています。

 

来年初からその取り組みについて一歩前に進めるよ

う準備を整えて参りたいと思います。

 

今後とも甘音屋をご愛顧賜りますよう伏して

お願い申し上げます。

 

 

あんぱん「二兵衛」について

豊臣秀吉に仕えた「竹中半兵衛」と「黒田官兵衛」を「二兵衛」

(にへえ)と言います。

 

播磨攻略において大活躍した二人は、「よきライバル」

として知られている他に、多くの逸話として語り継がれているように、

固い「絆」で結ばれた特別な関係であったと言われています。

 

2014年NHK大河ドラマが「軍師官兵衛」に決定した事を

きっかけに「二兵衛」ゆかりの地、岐阜県垂井町と兵庫県姫路市に

本社を構える、ベーカリー「グルマン・ヴィタル」と和菓子処「甘音屋」

両社が力を合わせ、「二兵衛」という商品名で「あんぱん」を共同開発し、 

発売の準備が整いました。

 

「甘音屋」は和菓子の命とも言える餡を作り、「グルマンヴィタル」は

長年培った技術を存分に奮って生地を作りあげました。両社の強みを活かし、

あんぱん「二兵衛」を作り上げることが

 

 

できたことは、大変意義のあることだと考えています。当時の二人のように、

互いを認め合い、尊重し、力を合わせ、心を込めて作り上げた

あんぱん「二兵衛」をお楽しみ頂けましたら幸いです。

先日感じたこと

皆様こんにちは。

姫路 和菓子 甘音屋の店主でございます。

店主のブログ随分とお休みしており、大変失礼を

致しました。

忙しさに感けている自分を大変恥ずかしく思います。

 

実は先日、子供の授業参観に行って参りました。

そこである事に気が付きました。

それは男女の違いについてです。

 

少し早く着いた私は、休み時間から教室に入って待って

いました。

クラスの中には女子達がたくさん居て殆どの女子が

笛の練習をしていました。おそらく近くある授業に

向けての練習なのでしょう。

一人で吹いている子やグループで吹いている子。

様々でした。

 

それに対し、休み時間が終わると

汗びっしょりになって帰ってくる男子。

夢中になって遊んできたのでしょう。

ワイワイガヤガヤと大盛り上がり。

 

そう考えると(全てではありませんが)、

女性というのは今(現在)から遠くない現実と

向き合い、計画を立てて歩む。

男性というのは現実と向き合う事よりも

やりたいことに向かって走る。そんな男女の違いを

感じました。

 

私もやはり現実を直視するというよりは、

むしろやりたいことをやらせて頂いています。

そして多くの女性に支えられていると思います。。

 

家庭もそうですし会社もそうです。現実的なツメを

してくれるのはいつも女性。ありがたい限りです。

 

小学生を見て感じた事。当社や我が家で感じていること。

本当に小さな出来事ですが、社会の縮図であるとつくづく

感じました。

本当に女性の力は偉大だと思います。

和菓子店を開くまで(3)

さて和菓子の世界へ1歩踏み出したまでは良かったのですが、修業先も決まらないまま会社を退職した私は「宛てもないのに良くまあやるよ」と自分で自分にあきれていました。 しかし「心中に希望を持っていれば必ず物事は好転していく」という亡くなった祖父の家訓を信じ、1歩1歩和菓子の道を踏みしめ、歩き始めました。

修業先を探す事になった私は、とにかく自分が好きになれる和菓子を探そうと京都、大阪、神戸の和菓子店を片っ端から廻りました。もともと百貨店の仕事も「足でかせぐ」というスタイルだったので食べては歩き、食べては歩き、毎日就職活動に勤しみ数え切れないほどの店を廻りました。そして探し廻ること2ヶ月、ようやく「ここや!」という店が見つかりました。それは大阪箕面にあります「菓室創庵」という店です。その店は現在、大阪を中心に活躍しています「かむろ」という店です。私が入った頃はまだ「菓室創庵」という名前でしたが、イチゴ大福やどら焼きのクオリティの高さに驚き、この店で修行したい。そう思い菓室創庵の門を叩いたのでした。

当時、菓室創庵は百貨店進出を考えておられ、事業を大きく拡大して行きたいという時期だったようで人出が足りないという事もあり、人材の確保を検討していたようです。私は自分の持っている百貨店での経験をお店で活かしてもらい、私自身はは職人として和菓子を学ばせてほしい。そう願い出て、和菓子に対する熱意と今後の将来性を社長にお話をし、弟子入りを志願したのです。社長はとても懐の大きな方で私の熱意を汲み取って下さり、採用して下さったのです。

採用が決まり、初出勤の日は2月10日でした。朝5時半に起きて、家を出るのが6時半。家から店まで2時間半。家を6時半に出ても着くのは9時です。初日は新しい機械の導入であまり内容は覚えていませんが翌日からのスケジュールはハードなものでした。「悪いが今晩泊まってくれへんか?」と言われ徹夜で作業する事も多く、時に42連勤という事もありましたが「少しでも自分を必要としてくれている」そう思うと嬉しくて疲労感よりも感謝の気持ちが強く、和菓子に触れる喜びそして心地よさを感じ、充実した毎日を送っていました。(つづく)