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店主のブログ

「恵み」(8)

私が多くの皆様方から頂きました

「恵み」をご紹介させて頂いております。

 

「その出来事を基準に他のお客様のことを

疑ってはならない。

善良なるお客様が基準でなくてはならない

 

クレームを装って商品を騙し盗られ、

愚痴をこぼした時にかけて下さった「恵み」

 

大切なお客様を失うならば、騙された方が良い

と思うことができました。

善良なるお客様との信用、信頼を何よりも

大切にしていきたいと思います。

 

「恵み」(7)

私が多くの皆様方から頂きました

「恵み」をご紹介させて頂いております。

 

権利を主張する者は義務を果たしてから

主張しなくてはいけない。義務を果たさない者に

主張する権利を与える必要はない。

毅然と接しなさい

 

前職の従業員教育に悩んでいる私に

かけて下さった「恵み」

 

例えばですが、服装身だしなみのルールから

逸脱した従業員にルールの改正を主張される

事はない。ということです。

当社の従業員教育にも引用させて頂いています。

 

とても分かりやすく説得力のある言葉でした。

「恵み」(6)

私が多くの皆様方から頂きました

「恵み」をご紹介させて頂いております。

 

お母様が望んでいるのは御見舞ではなく、

あなたの社会人としての成長では

ないでしょうか?

 

認知症で入院した母を頻繁に見舞う私を見て

かけて下さった「恵み」

 

母が話せたなら、

私を見舞う暇があったら

一人でも多く接客をなさい。

お菓子を一つでも多く作りなさい。

 

そう言ったに違いない。

人様からどう思われても構わない。

仕事に没頭しよう。

自分の成長が何よりの親孝行である

そう思って歯を食いしばって我慢しました。

 

率直に母親としての立場から下さいました「恵み」に

心から感謝しています

 

 

母は今でも天国で見てくれていることだと思います。

サボれないな(笑)

 

 

 

 

 

「恵み」(5)

私が多くの皆様方から頂きました

「恵み」をご紹介させて頂いております。

 

人の目や体裁ばかり気にしている私にかけてくれた

亡き母の「恵み」

 

あなたは冬になると、いつも私のギンガムチェックの

マフラーをしていた女性用であるか?は別にして、

自分に合って気に入ったものを人の目を気にせず

身に着けていた。本来の貴方はそういう人ですよ

 

その「恵み」によって本来の自分を見つめ直し、

ふと自分のペースを取り戻せました。

 

「おいしければ、それが和でも洋でも構わない」

拘りがないところもそういう事かもしれません。

 

いつか菓子業界に和菓子、洋菓子という垣根が

なくなる。そんな日がこないかな?

 

 

 

 

 

「恵み」(4)

私が多くの皆様方から頂きました

「恵み」をご紹介させて頂いております。

 

幼い頃、自宅に汲み取り作業のトラックが来た時、

鼻を摘まんでいる私に対して

母がかけてくれた「恵み」

 

人様が嫌がることをお仕事にしていらっしゃる方に

心から感謝をしなさい。

の方たちがしてくれなければ、

私たちは生活できないのですよ」

 

甘音屋では当社に携わって下さるお取組様に

必ず大きな声で挨拶をするように教育している。

時に出来立ての和菓子を食べて頂く。

 

段ボールのごみを出すときは

整理整頓して出すように

口を酸っぱくして指導している。

それが礼儀である。

 

お取組様無くして甘音屋は存在しない。

礼を尽くして。心から感謝して。

 

そしてたまに無理をお願いして(笑)

 

「恵み」(3)

私が多くの皆様方から頂きました

「恵み」をご紹介させて頂いております。

 

あるシェフへ独立の準備の為、

退職のご挨拶に伺った時にかけて頂いた「恵み」

 

独立するなら、独立する事と、いつ?何を?

という事を人に会うたびに言って回りなさい。

言霊と言って言葉に魂が宿り、

必ずその方向に物事が動いていく。

一人でも多くの人に独立の話を言いふらしなさい」

 

不思議なくらい、その言葉通り、

独立に対する思いを伝えることで、

周りの方々が声をかけて下さったり、

協力して下さったり、相談に乗って下さりと、

私を動かして下さいました。言霊は存在する。

そう確信しました。

 

ただ、感じたことは

「言葉に対する責任」を持てない人、

また「周りの方々を巻き込んでいる」という

「責任感のない人」は独立できないとも思いました。

 

「言う事は自由」という解釈もありますが、

それは人に対して失礼な事だと思います。

「言う」という言葉は左90℃傾けると

「心」と「口」という字に分かれます。

 

つまり「言う」ということは

「心を口にする」という意味です。

 

人と人、心と心が触れ合うことで

人様とのお付き合いが始まるわけで。

 

「言う」という事に責任をちゃんと持たない人が

経営者になれる訳がない。

 

また、自分の独立の為に力を貸してくださろう

としている方々への感謝や

「その期待に応えなくては」という

責任感を持てない人は絶対に経営者には向いていない。

そう思います。

 

企業経営とは信頼と信用なくしては絶対に続かない

とも思います。

私も開業して11年私に「独立したい」と打ち明けて

下さる方が多くいらっしゃいます。

その時、以前の社長様と同じように決まって伺います

「いつ?何を?」と。

 

残念な事ですが答えられない方の多くは

独立していません。

 

僕も試されたのかもしれませんね(笑)

 

「恵み」(2)

私が多くの皆様方から頂きました

「恵み」をご紹介させて頂いております。

 

あるシェフへ退職のご挨拶に伺った時に

かけて頂いた「恵み」

 

僕たちは本物のフランス菓子を追求している。

と同時に日本人としての自分を殺すことに

苦労している。とても大変な作業である。

しかし和菓子を作ることは私達の生活や文化、

慣習を形として表現すればよい

とても楽しいお仕事になりそうだ。天職だね」

 

自分の選んだ道が合っているか?どうか?

不安で仕方がなかった私ですが

その一言ですべて吹っ切れ、その道に進むことが

出来ました。

 

独立に向けて、私の背中を押してくださった大切な「恵み」です

「恵み」(1)

私は本当に恵まれている。

開業して11年間、多くの皆様にお支え頂きました。

間違えた方向に行けば「導き」を頂き、悩んでいると

「手を差し伸べ」て、驕った時は「お叱り」下さり、

努力した時には「お褒め」頂ける。

 

こんな「恵み」を頂ける。

本当にありがたいことだと心から感謝しています。

 

これからそんな「恵み」を

この店主のブログで紹介していきたいと思います。

 

今回の恵み(1)はこの一言なくして

甘音屋は開業できなかった。その一言です。

 

甘いね。

僕のサロンでもいったい何人のお客様が来て、

どれだけの売上が上がると思っているんだ?

ちゃんと和菓子屋で修行しなさい。

ギフトとして、お贈りものとしてご利用頂ける

和菓子を勉強しなさい

 

 

「脱サラをして和カフェをやりたいので退職をする」

と御挨拶に伺った時に、私が職人の「師」と仰ぐ

パティシエさんから頂いた「恵み」。

この一言が無ければ和菓子店での修行も無かったし、

和菓子屋を開業することもなかったと思います。

 

誰よりも的確で、誰よりもわかりやすく

この道に導いてくださった恵みです。

心から感謝しております。

 

ベトナム 首都ハノイに

当社に和菓子職人は3名いる。

 

「『ゆっくり、丁寧、かつ正確』ではなく、

 

『早く、丁寧かつ正確』に仕事をこなす。

 

これが職人である」

 

職人への指導の際に出る私の口癖である。

 

とにかく職人とはその道を極めるべく

 

「他人の追随を許さない集団」

 

だと常々指導している。

 

今では指導の甲斐あってか、

 

私が不在でも黙々と和菓子作りに勤しんでくれる

 

頼もしい「集団」である。

 

そんな彼らに仕事を任せて、

 

先日ベトナムへ行ってきた。もちろん仕事。

 

新店のオープンに向けて備品を調達する為。 

 

飛行機に揺られること5時間、

 

首都ハノイの空港に到着した。

 

 

まだ朝晩が肌寒い日本とは違い、

 

とにかく蒸し暑い。厚手の洋服が現地人ではなく

 

観光客の証であるかの様に、

 

出国手続きは意外にスムーズだった。

 

 

続いて事前に預けた荷物を受け取るため

 

ターンテーブルへ。

 

「これもちがう」「あれもちがう」

 

とよく似た荷物を目で追いながら

 

自身の荷物を待つこと三十分、

 

ようやく出て来たと思えば他人のバッグ。

 

機内から私の手元まで、荷物の流れは

 

どうなっているのだろう?

 

 

荷物運搬の担当者は談笑でもしているのか?

 

それともまだシステムが整備されていないのか?

 

イライラしていると、ようやく荷物が姿を現した。

 

待ち時間は四十五分をゆうに超えていた。 

 

 

普段、荷物を預けることのない私にとっては、

 

長く感じたものの「まあこんなもんか」

 

と気持ちを切り替えて、

 

出口で待つ現地案内人へとを走らせた。 

 

その後、空港を出て車に荷物を積み込み、

 

市街地へ。

 

高速道路から見える景色は新鮮で、

 

どこか懐かしさを感じた。

 

雑然とした街の「雰囲気」が、高度成長期後半に

 

生まれた私のかすかに残っている記憶と重なった。

 

「雰囲気」と表現したが「かおり」という表現の方が

 

しっくりくるかもしれない。

 

交通は韓国や香港の様に地下鉄も無く、

 

電車も貨物が中心。移動の多くは車だが、

 

短距離の移動は全てオートバイ。

 

通学、通勤、荷物の配達、買い物、

 

子供の送り迎えは、子供を二人乗せて

 

三人乗りで走る者もいる。

 

ヘルメットも着けずに指示機を出さない人が多く、

 

交通ルールなどあったものではない。

 

信号待ちでは車と車の間に割り込んでくる。

 

その数は計り知れず。表現するならば満員電車に

 

人が押し寄せ、どんどん身動きが取れなくなる。

 

そんな光景はさすがに日本で経験がない。

また舗装されていない道路で

 

物資を運ぶトラックが、大きな音を立てて

 

弾みながら走る。ルールが無い中、自身の存在を

 

知らせる為、「小刻み」に、時に「強く」

 

クラクションを鳴らすオートバイ。

 

道路脇ではそんな騒音に負けまいと、大きな声を

 

張り上げて物売りをする人々。

 

発展途上の国が奏でる「人・モノ・金」の

 

三重奏であり、力強い国力を感じる。

 

 

しかしそんな国の「勢い」の話だけではない。

 

間違いなくベトナム製品の品質は上がっている。

 

二十年ほど前にベトナム製の漆器を購入したが、

 

塗りムラ、はがれが酷く、安価だけに文句さえ

 

言えないかったが、日本の漆器とは比べ物に

 

ならないモノだった。

 

 

しかし、今回手にした漆器は安価でありながら、

 

それなりの品質に仕上がっている。

 

またデザインも日本や欧米諸国に引けをとらない、

 

なかなかのものである。 

 

 

さて我々が生きて来た「小売り」のことに

 

少し触れたいが、ベトナムの商売はかなり強引である。

 

強引というよりは「買って欲しい」という強い意思が

 

伝わって来る。「よく」も「悪く」も。

 

土産品を買いに行っても、何を言っているか

 

分からない、一生懸命に商品説明をしようとしている

 

とは理解できる。

 

ただ客に気持よく買い物をしてもらうことや、

 

日本人が大切にする「間」(ま)の様なものがない。

 

 

これはベトナムと日本の文化、慣習の違いかも

 

しれないが、同じ商いをする上で「気持ちよく

 

買い物をしてもらう間」は「世界共通」で

 

あってほしい。

 

というよりは「相手の立場に立って行動をする

 

サービス精神」を持ってほしい。

 

 

ところがそんな中、帰路の空港で「同志」に

 

出会った。

 

沢山の買い物袋をぶら下げた私を見て、何も言わず

 

小さく微笑み、大きな袋を差し出してくれた

 

販売員がいた。「同志」である。

 

「相手の立場に立とう」その意思が強く伝わった。

 

 

「同志」に会えたその喜びついでに、「同志」の店で

 

買い物をしたが「同志」はやはり裏切らなかった。

 

ハノイではどこで買い物をしても、買い物袋は一枚だけ。

 

いくら沢山買い物をしても一枚である。

 

経済的な事情が見え隠れするが、どこも催促すれば

 

付けてはくれる。だが、あまりいい顔はしない。

 

 

しかし「同志」は何も言わなくとも、

 

購入した数の袋を入れてくれた。

 

言葉は通じなくともサービス精神は伝わる。

 

これが私の求めている「世界共通意識」である。

 

 

ベトナム滞在最終日にして「同志」に

 

会えてよかった。今度訪れたとき「同志」が

 

どのくらい増えているか楽しみである。

 

 

かつて「発展途上国」であった中国は

 

日本を抜いて世界第二位の経済大国となっている。

 

また、日本の後ろにはインドが迫っている。

 

それに比べ、技術の進歩、海外企業の進出、

 

経済成長、まだまだ発展途上とはいえ、この国の力は

 

未知数で脅威である。

 

 

帰路はそんな事を考えながら、いつの間にか機内で

 

眠ってしまっていた。

 

 

目がさめた時はすでに飛行機は着陸していて

 

無事日本に帰ってきた。もちろん迎えは必要ない。

 

慣れたホームグランドゆえ気楽である。

 

預けた荷物を待つこと十五分、ターンテーブルから

 

出て来た。

 

 

荷物一つだけの事だが「速く、丁寧、正確」に

 

出て来た。日本人の職人魂は、まだまだ健在である。

 

ベトナムはこの三十分の時間の差を何年かかって

 

縮めてくるのだろう?

 

 

街の開発が進む事は歓迎したいが、贅沢を言うならば、

 

私の記憶にある地良い、懐かしい「かおり」は残して

 

ほしい。

 

 

 

将来に向けて

先日から株価を見ていると19000円代をウロウロ。

ようやく20,000円代なのかな?

とホッするも束の間。日本の35年後の

人口構造を見るとぞっとする。

総人口は1億を割り込み65歳以上の人口が3割を

超える。

いわゆる2050年問題である。

 

そんな中、自宅から駅に向かうと道中には「空き家」

「テナント募集」の看板が目立つ。住む人、働く人が

減っている証拠である。

 

また私を含めた団塊のJr.の多くはローンを組んで

マイホームを建てている。父母が住んでいる家に

戻って同居している家族は極めて少ない。

その父母の生活は自宅ではなく施設へと移り、

亡くなったり、住まなくなった家やマンションは

空き家のまま。若しくは駐車場に。

いわゆる空洞化である。

 

商店もそう。

不景気で「潰れていっている」のではなく

人口減と共に「減っている」という見方を

しなくてはいけない。

 

私たちの社会は部分的に見るとゆっくりだが、

ものすごいスピードで「人口減」と

「超高齢社会」へとシフトしている。

 

高齢者が増え、そこに携わる人口が増える。

人手不足もそうだが、消費はさらに鈍化するだろう。

人口が減ると地価は下がる。海外からの投資も宛に

ならない。

 

株価は一つの指標であって自分たちの生活に

直結しているわけではない。株価が1万円を

割っている時と比べ、景気回復の実感がない。

そう思うのは私だけだろうか?

 

数字上の景況はあてにならない。

自分自身で自分自身の生活を見極め、その変化と

将来性を考えないといけない。そう思う。

大きな変化の中で、今の自分、これからの自分。

その時に甘音屋はどうなっているだろう?

そう思うと居てもたって居られない。

 

お客様のご要望にお応えすべく、ご要望に対し

目標を立ててその目標に向かって生きて行かなくて

はならない。そう思う。

「人口減」と「超高齢社会」という

 

厳しい将来に向けて。